本-開平成21年 お寺座の怪人Cb和尚の辻説法本-開

<如月2月の始まりです。>

 平成21年も、早、2月に突入しました。移り行く月日の流れは速い物です。変わらぬのはいつの世も、若き芸術が命の炎を燃やす迸るエネルギー。そのあらゆる芸術に触れて感動する庶民の憧れと安らぎ。演ずる者と聴く者の両者の間には、時空を超えても隔たりがありません。300年前のバッハ、250年前のモーツアルト、200年前のベートーベンやシューベルトの作品が世界中至る所で甦るのです。また、絵画や彫刻の世界も同じです。過去に残された芸術遺産も、その時代の最先端の現在アートで表現された作品です。先月暮れに、一人の新進気鋭の女流画家が法泉院を訪ねて来られました。寒い日でしたのでお寺の暖房よりも、苔庭に面する南の縁側の日溜まりに座卓を並べてお話ししてみると、やはり自ら放つ研ぎ澄まされた才覚がかいま見え、感性豊かな人柄に触れられ、実に楽しい一時でした。(彼女の投稿文へリンク)

 兎角、この世の人間は、くだらない地位や名誉、権力や財力を求めるが故に、人を傷つけ、殺し合うまでエスカレートする。その、エネルギーを何故もっと崇高な神仏や芸術文化へ向けられないのか?何故、世界平和を祈らないのか?何故足の引っ張り合いを続けるのか?自分にとって目障りな存在の人を罵り、冒涜し、陥れる策略や、世間への誹謗中傷にエネルギーを使ってる人生は、あまりにも勿体ない。自分の人生の経験だけで物事を判断して批判するのは、あまりにも無知で愚かな自分をさらけ出している様な物ではないか?心中にある利己的な執着心を取り払い、命の受け渡しの基本に省みる事です。そうすれば、理屈でなく、ただ地球上の生命に対する尊敬の念や、歴史的芸術文化への崇高な精神と同じように、歴史的宗教活動をした高僧達の理念、偉大なる科学者や物理学者の理論実証までのプロセスに敬意を表することが出来るでしょう。そこまで精神ステージが上がると、当たり前に、例えば自分が年老いていっても、自分の孫は勿論、親族や隣近所。ご縁のある知人まで、生まれてくる赤ちゃんを心から祝福して迎えてあげることが出来るのです。

 いま最も大事な命の受け渡しや、命の尊厳が失われています。我が子を殺害する親もニュースで時々報道されます。地雷を踏んで命を落とす子供がカンボジアにいます。イスラエルとガザ地区、米国とアフガニスタン、中国とチベット、タイの軍事政権と民衆、インドとパキスタン、ミサイル攻撃や銃弾は、幼き子供の命を無惨にも奪う大人のエゴと倍増する恨みの報復。お互いの不信感が益々積もる現在社会。

 この人間の性を救えるのは、金融市場でなく、農産物食料世界均等生産配分システムの構築と、環境エネルギーの克服、そして、人々の心に潤いと余裕を楽しむ芸術文化、そして二度と過ちを犯さない神仏への信仰と感謝と言う単純な生活に戻すことではないでしょうか?いま、世界の経済を動かしてる一部の人間が、勝手に世界恐慌を引き起こしあわてふためいている。見習うべきは、アフリカやアマゾン奥地で自然の恵みに感謝して裸で暮らす原住民。インカ帝国後の天空の街マチュピチュや、ヒマラヤ山脈に暮らすブータンの人々の高山で過酷な環境だけど下界の煩悩から離れた純粋な宗教的生活。行き詰まった現在社会人は、彼らの生活感や価値観を無理を承知で即刻取り入れるべきなのです。お金が無くても、文明の物が無くても、なりより子供の笑顔が素朴で美しく、そのまま大人になっても慈愛たっぷりの幸せな顔のまま死んでいけるのですから・・・・。それが本来の人間でしょう。合掌 2/1 

<水汲み>

 もう何年も続いてる月に一度の山間から湧き出る水汲みに昨夜も5時に当院の閉門してから出かけました。一日が長くなり朝6時は真っ暗でも夕方6時は日没でなくなりました。しかし高速道路を使わないで当地より加古川河川を北上して神河町加美地区の千が峰の山麓にある水汲み場に到着する頃には暗くなり一番星、二番星と見えてきます。此処まで来ると空気が一変して新鮮で美味しく深呼吸したくなります。そんな山間の湧き水だから途切れることなくポリ容器を満載した乗用車が出入りしていました。

 実は元々、私は山河は好きですがそこまで自然生活派では無かったのです。しかし、母が脳梗塞で倒れた頃より、毎朝起きたらコップ一杯の水を吸収すると血液がサラサラ流れ血の循環に良いと知ったからです。折角なら「美味しい自然の水を飲ませてあげたい!」と思い、それから始めたて7年になります。母が亡くなった後も、今は自分がはまってしまい、生水は勿論、お茶や珈琲、ご飯やスープなど料理に使っています。それは、蛇口をひねれば当たり前に水道水に慣れてしまった舌や身体が、この水を摂取すれば、あの山が連なる自然の空気感に浸る幸福感が甦り、どんなに美味しいか・・・・。この朝のコップ一杯の水を仏前にお供えして父母や先祖に感謝するのが今年の2ヶ月間の寒行です。合掌 2/2

<輪廻転生の精神が地球を救う>

 今も昔もそうですが、世界各地で興った文明はやがて廃墟の遺跡になる。エジプト文明、メソポタミア文明、マヤ文明、インカ文明、いつの時代も世界中で、人々の暮らしが集まれば、山林を伐採、農地の作物を食べ尽くし、干害事業や河川にダムを造っても、異常気象なれば河川が干上がり、動植物に最も重要な水分が補給できなくなり砂漠化して文明は滅びる。人間は地球にとってガン細胞みたいなものでしょうか?現在社会に氾濫するのは煩悩を引き起こす余計物質文明ばかりでは?綺麗な空気と綺麗な飲料水と自給自足できる農産物や海洋食料などの自然食品を質量とも十分に安心して恒久的に命の受け渡しに活用できるでしょうか。

 本当に大事なのは、地球上の総ての生命が生きる基本、輪廻転生の思想とサイクルの中にあると思います。昔の日本人は皆が両親祖父母、学校教育でも当たり前に聴かされていたのが輪廻転生です。「あんたが嘘をついたり殺生など悪いことをしたら地獄に堕ちるるんやで!」「一生懸命、恩に報いて感謝して生きることが大事なんやで!」「いま摘んだ草花も、今食べたご飯も、野菜に付いたナメクジにも、ゴキブリも、ご先祖様の生まれ変わりなんかもしれん!」「あんたも、死んだら次ぎに生まれ出るとき人間に生まれるとは限らないんやで!」「人間に生まれたかったら、徳を積みなさい!」「勿体ない事をしたらあかん!」「総ての命あるものを大事にしなさい!」などと、誰もが物心付いた子供達に教えた物なのです。そうやって育った子供は、大人になっても輪廻転生を忘れることはありません。そんな大人は又、子供にその事を伝え、皆から尊ばれる人になっていきます。

 世界経済の中で消費文化が金融崩壊と世界恐慌の中、我々日本人は世界に発信しなくてはならないのが、ODNなどで日本のゼネコンが余計な土木工事をするのでなく、その為の円借款や資金援助ではなく、基本的な「勿体ない思想」と「命の連鎖を尊ぶ輪廻転生」を伝え、自らも学び来世に残すことかもしれませんね!合掌 2/3

<立春>

 今日は立春。立春とは暦の上で春が始まる日で節分の翌日二月四日に当たるわけです。その分け方とは、一年を二十四等分した二十四節(二十四気)で、太陽の黄道上の位置によって、その等分点、立春・夏至・秋分・大寒などに別られているのです。

 古代より天文学は盛んで、地動説や天動説は有名です。また、ピラミッドの中心の石室に明けられた小窓は常に一つの星を差してあったり、ギリシャ神話の神々は星座になっていたり、中世の陸上・海上交通の進行方向を知るコンパスも太陽と月、また天体を読むことなど、普通に人々は自然天体観測が生活の中にあったのです。

 ですから季節感を感じ、自然の驚異や未知なる美しさへの憧れと共に、古代から信仰の対象として崇敬の念を持ち続けていたのです。ところが、現在人はどうでしょうか、天空に輝く星や、恵をもたらす太陽、地球のリズムを作る月を崇拝するどころか見向きもしなくなり、皆、上を見ないで下を見る!この世の人々は欲望の渦に飲み込まれ目先の輝く金銀財宝に目がくらんでる有様です。「見上げてごらん夜の星を」「上を向いて歩こうよ」やっと、白黒テレビが普及した頃の番組「夢で合いましょう」の最後に中村八代のピアノ伴奏で歌っていた坂本九の歌声と歌詞に隠された本当のメッセージを、あの番組を見ていた世代がやっと理解できる年になってきたと思うのですが・・・・・。 合掌 2/4

<小鳥が毎日やってくる>

 極楽浄土には妙なる美しい声でなくカリョウビンガ(架空の鳥)が音楽を奏でると阿弥陀経に描かれています。極楽浄土とは人間が想像するこの世とは思えない美しくて静かで心地よくて安らぐ楽しい場所だから極楽なのです。一方、この世は、妬み、奪い合い、争い、例え生きるためとは言え毎日食べるためには殺生して罪を重ねる世界です。しかし、この世にも何世代もかかって極楽を精進して徳を積むことによって作ることができます。

 飛鳥時代より盛んに築かれた壮大な寺院伽藍、平安時代の都、藤原時代の佛教美術、江戸時代から残る離宮や名園、世界にも教会やモスクを始めとする世界遺産に登録された歴史的宗教施設があります。これら総ては、この世に極楽浄土や天国を創造しようと長い年月をかけて具現化したものです。

 当山法泉院の庭は、枯山水でも石庭造園でもありません。植樹した茶花が大きく育ち、小鳥の糞で運ばれた種が育ち、自由に木立が生い茂り、苔が一面を覆い始め、大木となっても密集した庭では光を求めて上へ上へ枝を伸ばし、僅かなこぼれ日を受け止めるために横へ横へ枝を伸ばす。そんな人間の手入れの行き届いてない庭だからこそ、様々な小鳥が毎日訪ねてきます。一日じゅう庭を眺めていても飽きないほどです。我が家の猫達も、目の前にまでやってくる小鳥を捕まえようとしていましたが、最近は、一緒に小鳥たちが飛来して枝を渡る様子を微笑んで眺める様になりました。

 実は、この庭こそが教信寺創建時代より唯一残された教信寺最古の教信上人ご廟の古墳塚であり、戦国時代の動乱で信長の全国統一の野望の中、秀吉軍が中国地方勢力制覇の途中、野口城とともに当時の地方勢力であった教信寺を焼き払い、その後、江戸初期に復興を遂げた折りに法泉院の塀の中の庭に取り囲まれ、それ以後、静かに歴代住職によって守られてきた最も聖なる場所だからなのです。

 だから、様々な色の小鳥と、野良猫までもが、この場所では争い無く、いまでもこの世の極楽浄土の様に、自然の木立と苔むす緑に覆われる穏やかで安らぐ庭なのです。貴方も、そんな極楽浄土に住むカリョウビンガが飛来してきそうな自然の庭を臨む、日溜まりの縁側から眺めながら熱いお茶をすすりませんか?いつでも拝観にお越し下さい。 合掌 2/5

<極楽と地獄、最後の晩餐会>

 子供の頃、寝るまで母に聴かされた昔話や佛教童話の記憶は今でも鮮明に残っています。また、母の生家になる志方の安楽寺に連れて行かれた時、毎日正午の鐘突を手伝うのが楽しみでした。しかし、その鐘楼に行くには、横にある閻魔堂を横切らなくてはならないのが子供心に怖かったのです。何故なら、そこには閻魔大王の裁きにより地獄に落とされた亡者が、針の山、煮えたぎる釜風呂、鬼に打ち首され逃げまとう姿が描かれていたからです。

 枕話に聞かされた仏教童話の中で、この地獄図には描かれていない極楽と地獄での最後の晩餐会と言う、こんな話が記憶に残ってます。

 満中陰の日、49日間の裁判を終えて極楽か地獄かへの行き先の判決が出されました。その夜の事、それぞれの新亡者は、閻魔大王が主催する晩餐会に招かれ、極楽に上がった人も、地獄に落とされた人も、別々の華麗な宮殿の食堂で、大きな丸テーブルを囲む様に座らされました。もう49日もろくに食事をとってない亡者の目の前に豪華なグルメが盛られた大皿が並びます。ところが、地獄に落ちた人々のみならず、担当の鬼の手違いで極楽往生の人たちまでも椅子に縛られ手足の自由が利かないのです。そして右手には、向かいの人に当たる程の長い箸を縛り付けて持たされてしまったのです。

 さて、地獄行きの亡者達は空腹に堪らず必死で目の前に盛られた豪華グルメを取り、自分の口に運ぼうとするのですが、長すぎる箸は料理を散らかすばかりで決して食べることは出来ません。それどころか向かいに座っていてる亡者同士が、相手の顔や衣服にソースや食材を汚く飛ばし、ここまで来ても修羅場となって罵り合っているのです。

 担当する鬼が早く晩餐会を終わろうと縛った人間を数えると、極楽行きの人までも縛って別室食堂に連れて行ってしまったミスに気付き慌てて極楽会場のフロアーまで走って行ってみると、廊下にまで笑い声が響き渡っているのです。早速そのドアを開けて見渡せば和やかな晩餐会の光景が飛び込み、ミスをした鬼がびっくり驚きました。

 なんと、極楽の晩餐会では丸テーブルの向かいに座った人の口へ、相手の食べたい気持ちを察しながら豪華グルメを長い箸で不自由なく運んで、お互いに食べさせ合っていたのです。

合掌。編著法泉院慶悟 2/6(父例月命日)

<堂の梼>

 堂の梼(どうのとう)と呼ばれる伝統行事が今朝、壇家の村の中心にある薬師堂であります。近年は毎年2/7日(旧正月)に修正会(正月行事)と同じように、特に町内の働き手である男子の出生を祝い、長老の男性までの健康祈願と長寿を祈願すると共に、町内地域の七難即滅・無病息災・五穀豊穣を祈ることが主な祈願作法です。

 この法要が始まる時に12本(閏卯年は13本)の蝋燭に灯をともし薬師如来仏前に供物をお供えします。法要が終わる頃、12本の蝋燭の炎で残りの蝋の高さが違ってきます。昔はこの違った高さの12本がその年の毎月の天候を示し、田植えの時期や早稲の品種などを考慮していたのです。また、年間行事や冠婚葬祭などの時期の準備にも役立てていました。

 特に100年ほど前までは疫病や流行病で新生児や児童が集団的に亡くなる事が度々あったのです。悲しみにやり場のない昔の人々は村に魔が入ったと感じたのです。だから頂上に仏様が住まわれる須弥山の中腹で帝釈天に使えて四方を守る四天王(持国天・増長天・広目天・多聞天)を薬師如来像の両脇に安置して魔除けを祈りました。この四天王は古代インドの神が転じたもので、怖い形相で刀を振りかざし、足下には邪鬼を踏みつけているのが特長です。つまり魔が入らないように威嚇し、入った魔物は退治してくれるのです。(その原因は昔は、無知・不注意・怠慢による衣食住の不衛生から流行った疫病、今で言えばインフルエンザなどのウイルス病原菌でしょうか・・・。)また、薬師如来は左手に薬壺を持ち右手薬指を拝顔する病める私たちに向かって薬を塗ろうとされているのが特長の仏様です。外科や内科の病だけでなく、もっとも治療が難しい心の病(煩悩から生まれる苦しみ)も救ってくださる一人総合病院の様な仏様です。

 平安時代から薬師信仰は盛んで、いわゆる街のお医者さんのような仏様です。現在医学が普及している近年と違い、たいがいの病は薬師如来の慈愛に包まれ四天王の形相に闘病にくじける弱い気持ちを断ち切り、自らの体内から病を改善させる気を信仰の力で隆盛させて治していたのでしょうね!だから今でも病は気からと言うように、自分の精神状態を強く健全にする事で病気を治す事が出来たのでしょう。また、昔は女人禁制の行事だったのですが、明治以後は、子供や主人が病気にならない様に、両親祖父母の長寿を願い、毎年こうやって「堂の梼」で祈願し、自らを利して、家族の健康を祈る主婦の姿が多くなりました。私は法要に参列された女性達に「今度は、主婦や女性の健康を祈願する行事を主人や男性がしてくれたらいいのにな〜〜!」と法要後の法話で毎年話しています。しかし、「それはすでに新暦の元旦の大般若転読の修正会であなた方の健康祈願をしてもらってるのですよ!」とも話します。親族家族がお互いに健康を祈り長寿を祈る。美しい風習が今に伝えられているこんな行事が法泉院の檀信徒の村に残る薬師堂での「堂の梼」なのです。合掌 2/7

<休刊日>

本日の朝の辻説法はおやすみいたします。合掌 2/8

<逮夜とは>

 逮夜(タイヤ)とは通夜・お葬式が終わった後、初七日から2七日3七日と一週間毎に7七日(満中陰)まで続く法事です。この世とあの世の中間にさまよう中陰は、まだ六道の極楽浄土か地獄か行き先が定まらないので、残された遺族が極楽往生されることを毎週親族や町内関係者に助けて頂き一緒にこちらから応援し、又、亡者を毎週集中講義をして一週間毎に入れ替わって導いて下さる如来や菩薩様にお礼とお願いをします。

 因みに佛教全般的に逮夜毎の仏様が以下のように担当が決まっています。

初七日不動明王、2七日釈迦牟尼如来、3七日文殊菩薩、4七日普賢菩薩、5七日地蔵菩薩、6七日弥勒菩薩、7七日薬師如来で49日満中陰となり亡者は阿弥陀如来が手を授けて導かれる最終目的地極楽浄土へ旅立たれます。

 しかし極楽行きの切符を手にされて旅立たれても行き着く終着駅は遠く、なかなか3回忌までは阿弥陀如来様にお目にかかれないのも残念です。それは恐らく残された遺族の準備期間で、残された遺族も共に精進しなくてはならないのです。一般的には施主が当主となる代表者相続、個人財産がある家庭では財産分与で、この頃よく有るの醜い身内争いや兄弟喧嘩が勃発し極楽どころか地獄になります。或いは家屋や家財の物品や、親族で同種の事業や利害がある場合は、人脈や金脈に執着心を必要以上に持ち、それを奪い合ったりします。世間ではよく耳にする相続争いです。ですからそんな醜態を出さないために残された遺族の皆が、施主と足並みを揃えて仏道精進を続け、様々な問題を解決する佛の智慧と慈愛を頂いて当家の平和を完成させ、故人が安心してこの世を去ってご先祖様が待たれる清らかな極楽浄土に見送る事が法事の一つの意味かもしれません。先に亡くなられた大事な祖父母・両親・子供や孫への追善供養は、残された遺族が純粋な気持ちで、兄弟親戚一同も純粋な施主の意向に協調して一緒に祈ることが肝要です。本来、仏事法事の席は決して勢力争いの誇示や権力闘争の場面では無いはずなのです。故人への感謝の念が少しでもあるなら無欲無囚、それぞれが静かな純粋な気持ちでお念仏を捧げて下さい。と、まで具体的には毎回法事で法話をしませんが、そんな意味を想像させるような引用文で最近の逮夜で法話をしています。合掌 2/9(母例月命日)

<年忌・遠忌とは>

 満中陰が終わると、直ぐにやってくる100ヶ日の法事、初盆や施餓鬼法要など忙しく、あっと言う間に月日が過ぎて一周忌がきます。そして2年目が亡くなられた年から数えるので3回忌となり、33回忌ぐらいまでは法事を務めるのです。また子孫繁栄が続く旧家では子供や孫・曾孫が100回忌ぐらいまでは法事をしてくれるでしょう。また奈良・平安初期の宗派の開祖や名僧は50年毎に大法要が営まれ1000回忌を既に超えています。つまり、一般的には1周忌・3回忌から33回忌までを年忌法要。50回忌、100回忌と区切りで重ねるのが遠忌と言います。因みにこの寺の御開山教信上人様の1150回忌御遠忌があと数年後に迫っています。

 ところで、この年忌にも逮夜と同じように担当の本尊・仏様が決まっています。

100ヶ日観世音菩薩、一周忌大勢至菩薩、三回忌阿弥陀如来、七回忌アシュク如来、十三回忌大日如来、十七回忌胎蔵界大日如来、二十五回忌愛染明王、三十三回忌虚空蔵菩薩、五十回忌愛染明王、百回忌五秘密又は阿弥陀三尊など、また二十三回忌や二十七回忌などを営む地域や宗派もあります。

 何れにしても、こんなに長い間、両親・夫婦それぞれのご先祖様の法事を営むためには、兎に角、当主家族が健康で長生きして仏壇や墓地をお守りしなくてはなりませんね!先ずは、残された遺族・親族の皆が心身共に健康を保ち先祖供養することが一番の功徳となるのですから。。。。合掌 2/10

<休刊>

本日の朝の辻説法は休刊です。合掌 2/11

<生死をさまよう中の枕経>

 一昨日に枕経・通夜が2軒続きましたので、当然、昨日は葬式が2つ、斎場へ2往復、其の合間と後発が戻られてから初七日法要2回と当寺院では数年に1回あるかないかの希な同日に2つの葬儀がありました。確かに忙しい一日でしたが遺族の心痛を思えば何の苦労でもありません。葬式を一つ出すと言うことは故人様の係わった人生での深いご縁や関係者のお付き合いまで含め、葬式までの1両日で準備しなくてはなりませんから喪主家族は本当に大変なことです。そんな現在の葬式も儀式作法に一つ一つ深い意味があり、又、葬儀会館が全国に普及するまでの最近と違い、長い伝統と風習が残ってた昭和までは自宅で家族に見守られて旅立つのが一般的でした。その頃の名残や風習が葬儀など民間信仰に残されています。例えば枕経です。少し紹介しますと以下のようなことです。

 現在、家でも病院でも壇家の方が亡くなられたら寺院に電話があり、葬儀屋が死化粧や末期の水を唇に含ませてるなど床の間に寝かされた準備終わると直ぐに枕経に伺います。それは昔からの習わしで、平安時代の貴族から江戸時代の武士・庄屋さんまで、人が死にそうな時に枕元でお坊さんが阿弥陀経をお読んでお念仏し、極楽浄土の紹介をして安らかに清らかな気持ちで浄土へ旅立つ案内の為に依頼されていました。その風習で現在も枕元に阿弥陀三尊や十三佛の掛け軸を掛け、住職がお経を読み、通夜儀式の仕来りの残る地方では大きな念珠を村人が死者を囲んで葬式の前夜一晩数珠繰りします。恐らく昔は現在医療の死亡確認も無く、一時的に心臓呼吸停止しても希に生き返る事があったからでしょう。これらの風習は先に述べた二十五三昧会に大きな影響を受けて現在まで続いているのです。

 当然、現在では枕経の最中に生き返ったと言う話は業界でも聞いた事がありませんが、昔は落語や庶民芸能の中でおもしろおかしく題材にされるほど日本人の心に普通に地獄極楽が存在し「三途の川を渡ろうとしたらおまえの声がして振り返ったら目が覚め、生き返った!」とか、「生死をさまよう中、遠くに眩い光が見えたが、後から皆が呼ぶ声が聞こえたので振り返ったら病院のベットの回りに家族全員集まって私の名前を呼んでくれてた!」などの、昏睡で危篤状態から生還した多くの人が口にする話です。  合掌 2/12

<葬儀>

 誰しもが、既婚未婚に係わらず両親の元に命を頂きこの世に生まれました。そして成人して自らも我が子持つ、人生半ばになれば漸く親のありがたさを改めて痛感するとともに、不思議なご縁に感謝の気持ちが芽生えます。どんな劣悪な環境であっても笑って長寿を全うする者あれば、どんなに裕福な人生であっても交通事故や病魔に冒され短命に終わることもある。いずれにしても、地球上のすべての生命がそうであるように、人それぞれにも天命と言う限られた人生の終焉が急に告げられるのです。人の人生など宇宙の時間の流れの中では一瞬かもしれないが、悩み苦しみ常に最善を模索して向上心に務めた一生と言う人生の重みは人それぞれに地球一個の重みに匹敵する。また、その人生の重みはそれぞれ人の数だけ生命の数だけ、無限の宇宙に輝く星の数だけあるのです。だから、その人生に係わったご縁のある人々がご冥福を捧げ感謝の気持ちで極楽浄土(天国)へ魂を見送る、生身の身体では二度と再会できない人生最後の送別会と言えるのが、世界中どんな宗教宗派でも共通する葬式なのです。

 また、人は二度死ぬと言われています。葬式をしてお別れをした時が一回目の死ですが、33回忌まで年忌法要を営まれ、さらに50回忌までは子孫がしてくれるでしょうが、一般家庭では100回忌をしてもらえば有り難いですが、その頃になると、「このお位牌は誰?」などと聞かれて親族が「さあ、この家に古くからあるからご先祖様に間違いないやろうけど、曾おじいさんか曾曾おばあさんかな??」「もう解らないなら永代供養みたいに、このお位牌もお寺でお炊きあげしてもらおうよ!」と、なって忘れられたときが2回目の死だそうです。 合掌 2/13

<生き抜く為に>

 太陽エネルギーを浴びて光合成する植物、月の引力で満潮干潮の海のエネルギーに育まれる魚類、地球の自転による一日のサイクル、地球を覆う大気の巡回と空気の流れによる風雨、本当に奇跡のような絶妙なバランスで保たれ地球生命共同体の中に動物は生かされています。その生きてる生命の中で哺乳類、とりわけ人間と言う動物だけはやっかいな存在のようです。

 その人間がこの世に生まれ育ちで生き抜く為には、先ずは[1]父親の出産の為の環境作り(守られてる喜び)、[2]母からの授乳で(愛され満たされる喜び)、[3]恩師に出会うこと(生き方処世術を学べる喜び)、[4]世の中に必要とされる存在であること(世に認められ生計をたてられる喜び)、この基本的4つの喜びに加え、[5]前置きに述べた大宇宙の中の地球生命共同体の一員として自然環境へ感謝を忘れない心を持ち続け(報恩謝徳)、[6]後は最低限の衣食住があれば、誰でも生きていける。その、あたりまえを、普通に出来ないのが人間であるから、[7]神仏に誓い・祈り・悟を得る信仰心たる宗教や芸術、思想哲学や物理学など学問が人生に潤いと普遍的に正しい物の道理と智慧を与えてくれ、欲望の争いから脱却し平和共存を忘れず生きるために必要なのです。快適さを求めすぎた文明社会の現在人は、宇宙のリズムや太陽の恩恵、満月の満ち潮に出産が多く、引き潮や季節の変わり目による春一番や木枯らし一番などの暴風雨などの日に入滅される方が多いなど、宇宙の引力や磁場の影響で起こるエネルギーと生命の関係を肌身で感じられない生活環境になってしまったのかもしれないですね。合掌 2/14

<涅槃会>

 今日はお釈迦様のお亡くなりになられた祥月命日ともいえる涅槃会です。全国の佛教寺院では新・旧暦どちらかで涅槃図を掲げて、お釈迦様の御恩に感謝する法要をします。さきに、人は二度死ぬと書きましたが、お釈迦様はこうして約2500年たっても世界中で忘れられることなく生き続けられてるのですね。合掌 2/15

どんなことでも、貴方様のご感想や、ご意見も是非お聞かせ下さいね。
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